リグノフェノール

植物の流れ

  森林は,微少分子が巨大複合体(樹木)を経て再び分子へと転換される一つの流れとして捉えることができます。炭酸ガスが光合成システムによって集合化し,精密な分子複合系へと組み上げられた一形態,それが樹木であり,これはその後壮大な年月をかけ再び炭酸ガスへと解体されます。一方草の流れは非常に速く,通常1年で完結します。しかし,私たちはこの時間の違いを認識し,物質毎に使い分けているでしょうか。最近木質バイオマス発電が話題を呼んでいますが,木材を燃やすという行為は,壮大な年月をかけ地球外エネルギーによって組み上がった炭素の複合系を,その後の分子レベルでの機能を全て放棄し,炭酸ガスへと一気に転換することに他なりません。

樹木を機能性分子へ

  地球生態系を攪乱することなく,石油に依存しない持続的な社会を構築するためには,以下の認識と技術が必要になります。
❶ 炭素循環の起点に位置し,しかも化石資源の重要なルーツの一つである森林資源を分子レベルで認識し,その循環設計を解析する。
❷ 構成素材の特性を高度に生かす機能性分子へと転換しながら,複合系を解きほぐし,分子を解放する。
❸ 循環型材料を設計し,精密な分子構造制御のもとに前進型に逐次活用するシステムを構築する。
❹ 循環材料を総体として評価した上で,上流側から価値を定める新しい評価法(循環経済学)を確立する。

  なかでも,生態系に蓄積している最大級の有機資源でありながら,世界的にそれを機能的に活用した材料が見あたらないリグニンについて,新しい分子制御技術と持続的な活用システムを開発することがキーとなります。この困難な命題に対し,分子素材個々に最適な環境を設定し,常温,常圧にて炭水化物およびリグニンの機能を個々に精密制御する新しいシステム(相分離系変換システム)を考案しました(図1)。本システムにより, 植物体は新しい循環型リグニン素材(リグノフェノール)と炭水化物へと定量的に変換,分離されます。本技術の基礎は1988年に考案いたしましたが,1999年に JST CREST研究として採択され,その一環として2001年に三重大学キャンパス内に第1号植物資源変換システムプラントを建設しました(図2)。さらに,森林と化学工業を分子でつなぐシステムを具現化すべく,林業,木材工業関連の企業から合成化学工業関連企業まで約20社がネットワークを組み,新しい前進型工業システムの構築を目指し,検討が開始されています。2003年12月,北九州市若松(電源開発)に事業化レベルの植物資源変換システムプラントが完成しました(図3)。

図1 植物資源の相分離系変換システム


図2 第1号植物資源変換システムプラント(三重大学)


 

図3 第2号植物資源変換システムプラント(北九州市)

森林資源の循環活用

  森林資源を木材(分子複合体)として活用後,機能性分子へと精密に変換・分離することによって,木材,紙を越えた限りなく広い応用分野が展開します。たとえば,セルロースとリグノフェノールの組み合わせによって,高い耐水性と安定性そしてリサイクル特性を有する循環型材料が誘導されます(図4)。リグノフェノールは,その構造制御により従来のリグニン試料の約70倍までタンパク質吸着活性を増幅することができ,脱着型固定化酵素システムとしての応用が期待されます。また,リグノフェノールはバイオポリエステル可塑剤として優れた機能を有しており,新しい循環型生分解性フィルムが誘導されます。さらに,リグノフェノールの電子伝達系,高密度芳香核構造を活用し,リグニン系太陽電池や電磁波シールド材料,分子分離膜を誘導することができます。その他,バッテリー機能制御素材,フォトレジスト等への応用も可能です。

図4 循環型リグノフェノール―セルロース複合材料

新しい持続的工業ネットワーク

  我国は化石資源のルーツの一つである膨大な森林資源とその持続的な管理技術を保有しています。
❶ 炭酸ガスを高次複合体へと組み上げる光合成を助ける林業
❷ それを受けて機能材料へと形状成形加工を行う木材工業
❸ その後精密に分子複合系を解放する分子分離工業
❹ 分離素材から循環型材料を創製する植物系分子素材工業
❺ そして高度に単純化された原料から機能材料を生み出す精密化学工業

がネットワークユニットを構成し(図5),それを各地に点在させます。そしてさらに個々のネットワーク間をネットワークで結びマテリアルインターネットワークを構築します。これによって地域間の不均衡をユニット間での補い合いにより常時是正することが可能となり,高度なそして持続的な(安定した)社会が構築されるでしょう。

図5 化石資源に依存しない持続的前進型工業ネットワーク

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