緑環境計画学

【松尾 奈緒子 准教授】乾燥地から熱帯林まで、様々な環境で生き抜く植物から学ぶ

 雨の少ない乾燥地から雨の多い熱帯林まで、幅広い水分環境に生きる樹木の水利用特性を明らかにし、砂漠化や塩害、気候変動などの影響を受ける植生の修復・保全に貢献したいと考えています。

樹木が生きるうえで、いかに水分を獲得し、
樹体内の水分の損失を抑えるかは重要な問題です。

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 それは、水分の少ない乾燥地の潅木だけでなく、水分が豊富にみえる熱帯林の樹木においても同様です。
樹木が水分の損失を抑えるメカニズムのひとつが、「葉の気孔の開閉」です。葉は光を受けると気孔を開き、光合成の材料となる空気中の二酸化炭素を取り込みますが、このとき葉内の水蒸気が葉外へと蒸散していきます。この葉から大気への蒸散速度が根から葉への水供給速度を上回ると葉の含水率(水ポテンシャル)は低下し、いずれ萎れてしまいます。多くの樹木はそうなる前に葉の一部もしくは全部の気孔を閉じ、蒸散速度を減少させて葉からの水分損失を抑えます。ただし、気孔は二酸化炭素の取込口でもあるため、気孔を閉じて蒸散速度を減少させると、同時に光合成速度も減少してしまいます。したがって、蒸散速度あたりの光合成速度(=水利用効率)を高められるかどうかが、樹木の耐乾性の重要な比較指標となります。
 一方、樹木の水の獲得は「根の分布」が大きく影響します。例えば、地下水面近くまで達する長い吸収根を持つ樹木は、雨が降らず土壌の浅層が乾燥している期間中も安定的に水を吸い上げることができます。これは乾燥地の潅木にしばしば見られ、1-2mの樹高に対して7-8mの長さの根を伸ばすこともあります。
こうした蒸散や水利用効率、吸水深度など「樹木の水利用特性」を知ることは、乾燥地における植生の回復や、気候(降水)変動に対する森林の応答の予測の際に重要な課題です。


アラル海のかつての湖底

中央アジアの乾燥地帯にあるアラル海は70年ほど前までは世界第4位の面積を持つ湖でしたが、現在は当時の10-15%の大きさにまで縮小しました。写真はその干上がった湖底で、奥の方に湖面がわずかに見えています。このアラル海の縮小により、湖や周辺の生態系や地域の産業は大きく変化し、さらに湖底から発生する塩砂嵐が人や家畜、作物の健康被害を引き起こしています。一方で、かつての湖底には周辺から植物が自然に入ってきています。このように乾燥・高塩分環境であっても生きられる塩生植物を利用して土壌から塩分を除去し、植生や農地を回復させる「生物学的環境修復」が始まっています。私たちは在来の塩生植物の水利用効率や塩分回避に関連した水利用特性を評価して、生物学的環境修復に適した種の選択や育成方法を確立しようとしています。


タイ北部のチーク林

観測タワー上でのチークの葉の光合成・蒸散速度の測定

 雨季と乾季が明確に分かれている地域にある熱帯林を熱帯季節林(熱帯モンスーン林)といいます。熱帯季節林の代表的樹種のチークは乾季に葉を落とし、雨季の開始とともに葉を展開する落葉広葉樹です。私たちはチークの展葉・落葉時期や個葉の光合成・蒸散特性に対する土壌水分の影響や乾季における樹皮を介した水分吸収などの研究を行ってきました。これらの研究により、気候変動にともなうモンスーンパターン(雨季の開始・終了時期や雨の降り方)の変化に対する熱帯落葉樹林の応答の予測精度を向上したいと考えています。

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